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“ジャンパー”を見た。 “ジャンパー”に関して前持って仕入れた知識と言う物は、以前記した事もある“ショウビズカウントダウン”で得られた物だけ。 つまり、知っている事と言えば、主人公はテレポーテーション(ジャンプ)能力を持ち、その力を用いて自由を謳歌している事。その主人公を追う者を演じているのは“サミュエル・L・ジャクソン”である事。そして、テレポーテーション能力を持つ者は主人公以外にも存在する事。監督は“ボーン・アイデンティ”の監督、続く同シリーズの製作総指揮であった事、それぐらいか。 事前に仕入れる知識が少なければ少ない程、スクリーンで実際の物を目にするまで、その映画、ストーリーに関する想像の幅が増す物になると思う。 だから、そうして見た“ジャンパー”には先ず、大きく想像を裏切られる部分があった。 それは尺の長さだった。その尺88分。90分に満たない、想像より短い物だったのだ。 同作品の監督は“ボーン・アイデンティ”シリーズを撮っている事もあり、また同シリーズが皆120分強、と言った長さで描かれていた事から大体120分位の尺を想定していたのだ。 そしてもう一つは…これは見れば感じてもらえる事になるだろうか? いや、まぁこれは今のハリウッド映画なら当然か、“ボーン・アイデンティ”だって見た当時は3部作になるとは思ってもいなかったし。 あくまでこの部分は可能性を示唆しているだけで、なんの裏付けも無く、ただそう思ったに過ぎない部分なので、でも、やっぱり見た人は同じような事を想像するんじゃないでしょうか。 さて、見た感想と言えば、なにより88分の尺。その見事さ、になるだろうか。 90分に満たない尺。そして主人公はテレポーテーション能力を持つ。既にトレーラーやCM等でも映像が紹介されている部分になるが世界各地を瞬時に移動することが可能。ともなれば、ジェットコースタームービー並みにストーリーが目紛るしくストーリーが展開するもの…と想像してしまう物だが、これがちゃんと緩慢があるストーリーになっている。まぁ確かに扱うネタが1ネタだけなのだから当然と言ってしまえば当然かもしれない部分かもしれない。 しかし、それにしてもストーリーの詰め方が上手いのだと思う。 常識的に考えれば、かなり説明不足な部分だらけで構成されたストーリーなのだが、見ている限りは設定が抜け落ちている部分も、せいぜい舌足らず、程度にしか感じる事は無い。 これは、キャラクターの配置が上手いと言う事か。 そして、設定の抜け落ちている部分に関しては、見る側の積極的補正にを委ねている部分も大きいのでは無いか? と思う部分もある。 設定や、説明の不足部分は映画をシリーズ化すればその際に説明できる部分、新たなネタとして扱える部分にもなるし、設定に蓋がされていない分、その逆、シリーズ化の際に容易となる部分も発生する。 反面、キャラクターの配置が上手いが、キャラクターはそれ以上の扱いを受けていない部分が気になってしまう。 “ジャンパー”を追う側の“サミュエル・L・ジャクソン”が演じるキャラクター“ローランド”についてになるが、何故、執念的に“ジャンパー”を追い詰めるのか? その部分が劇中描画されていないのだ。 だから、“ローランド”と言うキャラクターが何を行動理念に動いているのかが伝わらない“ジャンパー”に対する私怨か、それとも使命感か? おそらくの印象としては前者になるが、それについての説明はない。そして、もし“ローランド”行動理念に起因するものが後者だった場合、キャラクター自体の深みはまた変わってくる物となる筈だ。 途中、箍が外れた(?)行動を見せるがそれは私怨とも組織に対する忠誠とも捕らえ方は一様では収まらないと思う。 映画“逃亡者”では主人公“リチャード・キンブル”を追い詰める“トミー・リー・ジョーンズ”演じる“ジェラード警部”の描画が見事で続編“追跡者”が作られたのは知れれている事だとは思う。 この作品“ジャンパー”で主人公を追い詰める“ローランド”もそれに匹敵するキャラ立ちをしているとは思うのだが、その部分が抜け落ちているだけにステレオタイプな悪役になってしまっているのが惜しいと感じてしまう。 何しろ“ローランド”は主人公の敵では有るが、“悪(あく)”と言う存在では無く、むしろその逆。 映画を見る者は“ローランド”に共感…、するまでは行かないまでも、テレポーテーション能力に目覚めて以来自由奔放に生きてきた主人公には憧れこそすれ、共感は覚えられる・・・か?少なくとも、自分はそうは行かなかった。 映像的にはTVサイズで見るよりスクリーンで見たほうがオススメ。 兎に角、カメラは引きの方向に良く動く、役者のバストアップから一気に役者がフィルムの粒子サイズに成る程までに引かれるようなカットもまれで、その映像も“ボーン・アイデンティ”のようにロケに頼る所が大きいのだから、その映像は見応えがあるに決まっている。 トレーラーにもありおなじみの、ショーウインドウから自動車を盗み疾走するシーンがあるのだがこれが東京を舞台にしたシーンだとは映画本編を見るまで気が付かなかった。東京シーンは新宿、渋谷、秋葉原。結構スクリーンに映される事の多い場所で“キル・ビル”と同じようなカットすら存在するが、88分と尺の短い映画ではかなりの時間東京にカメラを置いているのでは?と思える程、ジャンプ先に東京が設定されているのも面白い所か。 日本、東京にカメラが入る映画は“イントゥ・ザ・サン”や“ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT”なんかを2000年に入ってからみた覚えがあるのだけれど、それ等と比べると当然、日本、東京がフレームに入っている時間は短い。そのためアラは目立たなく成っては居る…もののやっぱりどこかしら違和感は感じてしまう。これは仕方ないのかな。 しかし、東京にジャンプして一番先にスクリーンに入るのは“サムスン”の看板ってのは…単なる誤解かそれとも何らかの意図か…? 新宿に勤めていた時、通勤路に新宿歩道公園“四季の道”を使用していたのですが、ある日、普段とは違う所に自動販売機が置かれていた事があり、何だろう? と思っていたのですが・・・。 後々になって映画“イントゥ・ザ・サン”を見ると、スクリーンには“四季の道”が!!そして、不自然な位置に置かれていた自販機が写っているじゃないですか!! ああ、上手くすれば生セガールが見れたのかも・・・。 ちょっと残念。 |
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